私はデザイン学校で「DTPアートディレクター講座」の講義をしている関係上、「クリエーターになりたい」という方々の相談を常に受けます。
そして、時として「ん?」と私も言葉に詰まる質問が有ります。
これは自分の覚え書きとして書くと同時に、デザイナーを目指す方々の何かしらのヒントになればと思いながら。
クリエーターになりたい人達が増えるのはいい事で、その中から優秀な生徒さん方もたくさん出て来て、この業界の底上げに繋がる。
私はそれ自体に問題は感じていませんが、一般的に社会や学校が「クリエーターって格好いい」だけで、誘導することは疑問に感じる事も有ります。
クリエーターとは「創造する人」。
デザイナーやイラストレーター、フォトグラファなど、モノ作りのプロを日本ではこう呼びます。
クリエイトという「なんでも作る」的なイメージからか、時に「デザイナー」が「クリエーター」よりも「キャパシティが狭い」とランク付けしている人がいるので、自分の呼称は「デザイナーよりもクリエーターがいい!」と使い分けられたのかも知れませんが、本来は「クリエーター」という名称は「デザイナー」を隅分けする際のフローチャートの上部に来るだけで、そこにランクの意味はありません。
日本ではクリエーター系の業種につくと、カッコいいというイメージがとても根強くあるようで、何故だか言葉のニュアンスだけからくる、仕事の格好よさや自由さに憧れて入ってくる方々も多く、学校を卒業し社会に出てから「そうか、この世界ってそんなに厳しいんだ」と気落ちする人がいるのも現実です。
今はSOHO的な動きで個人事務所を開きやすい状況ですが、学校を20年前に卒業した私の実体験で言うと、学校を卒業してデザイナー職につくのは半分。2年続くのはその半分、10年デザインの制作業界に席を置いている人は最初の5%ほどです。
「コンピュータが使用出来れば、デザイナーに近づけるのではないか?」
私はこの考え方は危険だと思います。
コンピューターなど三ヶ月もやれば誰でも取得が出来るもので、わたしがソフト演習の講義をしないのは、デザインには根本的に関係が無いと思っていることが有り、ソフトの効果がそのままデザインだと思われてしまうことに疑問も感じるからです。
コンピュータだけでデザインをする、こういう考えのまま何年もこの職業を続ける事は実際難しいのです。
コンピューターというのは手だと思っています。
「デジコラ」など「コンピュータが無いとああいうフィルター効果を活かしたデザインは出来ない」と思われるかもしれませんが、それも材料が増えただけに過ぎず、貴方がクリエーターになれるかどうかの一番の問題は「貴方がデザインが出来るかどうか?」なのです。
デザインには受け取り側のターゲット層を意識する事は欠かせない。そんな意識を持つ事も大前提ですし、やはりプロのデザイナーになるには、知識面や造形力を含め、それなりの修行が必要なのです。
デザイン・レイアウトをするのは当たり前の事ながら、印刷の詳細な情報管理や紙の種類、紙の厚、見積もりに対しての日々の経験を集積して覚えて行く事や、スタッフの性格や業種などをコントロールしたり、制作システムの知識など、明らかに職人と言った方がいいかもしれない地味な世界です。
「作家」や「アーティスト」というのは、芸術性に一本の筋立てを置く芸術家の事。ここに大きな誤解が有ります。
こういう方々は、自分の作品が世から望まれて売れる人達の事。
デザインを勉強する全ての方々がこのような状況になる訳ではない。
現在、クリエーター登録と称するサイトの中で「アマチュアなのか」「プロなのか」と問われる事が増えています。
これは、デザイン学校を出た後会社での経験を積まずに、Webなどで自分の作品を発表し受動的に仕事を待つ方々が増えている現象で、「DTPに関して知識が薄いアマチュアなのか?」「経験を積んだプロなのか?」と聞かないと、頼む方にも弊害が生まれると危惧した処置です。
SOHOとも呼ばれている「在宅委託DTP業務」をされるのも、一旦は会社でやられている方でないと難しい面が往々にしてあります。
それはDTPにとって必須知識の印刷事項を知っておられない方に、印刷物の仕事を頼むのは、頼む方も非常にリスクがあるということです
「このデザインプロジェクトは○○さんに任せよう」というのは「アートディレクター」と呼ばれる立場の人のことで、制作全てを任せるという事。
芸術性だけを望まれる「アーティストや作家」とは立場が違います。
「クリエーターになったら、自分の好きな絵や企画が出来るのではないか?」これは就職される会社によって大きく左右します。
プロのクリエータとして企画がスムーズに受け入れられるようになるには「経験と才能とチャンス」が要りますし、「デザイナーの下積み時代の仕事」とは、理想と現実の狭間に悩まされ、実作業と校正に追われ、きらびやかな仕事かと問われると実際そういうものでは有りません。
仕事の内容を吟味し提案し、お客様に納得頂けるものを作って納品する。
「お客様の為のデザイン」を考える、これはプロのデザイナーの使命です。
誤解が無いようにしたいのは、なにもお客様の言いなりに作るというのではありません。お客様もどんないいデザインが出て来るかを待ち望んでいるのですから、私達デザイナーは、その為に切磋琢磨すべきだという事です。
いつでもデザイナーのいいと思っているデザインプレゼンが、通る訳ではありません。
長年培って来た経験とスタッフ、クライアントとの信頼感の元に、力を発揮出来るのがプロのクリエーター。
クライアントに「貴方にこの仕事を任せたい」と思わせるのは、プロとしての経験無くして、自分の好きように作らせてもらえる事など有りません。
ただしここまでいって、アートディレクターと呼ばれるようになったクリエーターとは、これほど楽しい仕事は無いのも事実です。
年齢は若くとも、お客様から「あのデザイナーはいいものを作る」と一回言われたクリエーターは強いです。そこからは躍進的に仕事内容が変わるのを感じる事が出来るはずです。
「アーティストになりたい」という事と、「プロのクリエーターになれるかどうか」とは全く違う考えです。
昨今Webの世界でも、デザインの勉強をせずに業界に入ってしまい、DTPのデザイン知識のある人達との実力の差に驚く方々も沢山います。
クリエーターになりたいのであれば、まずはデザインの勉強をする事です。
絵が描けなくてもデザイナーに成れると言う方がいるならば、それは私の意見と違います。
絵を描くというのは、単にデッサンが上手いというだけでなく、誌面上のバランス感覚を養ったり、ドラマ性を齎したりと、デザイナーにとっては大切な要素なのです。
今は描けなくてもそれは全然かまわないでしょう。
ちょっとした落書き、デザイナーが描くサムネール(ラフスケッチ)もその一つです。ちょっとした継続が大きなデザイン力やプランニング力になると思います。
本来デザインは誰かに教えてもらうものでは無く、自分のなかから自然に生まれるものです。簡単に言えばデザインが生まれるような生活をすることだと思います。
映画を見てドラマ性のあるプロダクションデザインを勉強したり、読書をしてイメージを湧かせる練習をしたり、自分の気に入ったデザイナーの作品を集めたり、自分の部屋のインテリアに凝ることは、自分の好きなデザインテイストを深く知るうえでとても有益です。コレだけのことで貴方にデザイナーとしての意識が生まれるはずです。
飽和状態の人に良いデザインは生まれません。
頭が疲れているなら、どんなに仕事が忙しくても机に向かうのは無駄なことです。すぐに机から離れて、ゆっくりと飲み物を飲んだり、ちょっと散歩して頭をリセットしたり、とにかく街へ出る。世の中に反乱するデザインをカテゴリーに分けながら、自分なりに「好きだ」「嫌いだ」と精査しながら街を歩いてみて下さい。普段の生活からデザインに囲まれていることを意識してみることです。すると目先にある仕事にどんなデザインが必要なのか、自分の意見に整理が着いてきます。
貴方が積み重ねた日々は確実に実に成るものです。そして貴方がプロのデザイナーに成って、納得がいく良い仕事ができてお客様に喜ばれる仕事をした時に、貴方はこれまでに無い感動をするはずです。
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2005.6.26 Sasquatch(2010年11月改編) 小森じゅん子
デジタルハリウッド大阪校 アートディレクター講座 2005〜2008年講師
グラフィックデザイン事務所サスカッチは、2003年に大阪市淀川区に設立した小森じゅん子のデザイン事務所です。グラフィックデザイン、雑誌デザインの制作、ロゴやリーフレット、ポスターなどの印刷媒体のトータルブランディングや、アートディレクションを含め幅広くデザインしています
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